ウィントン・マルサリス『Democracy! Suite』レビュー

ウィントン・マルサリスのジャズ・アット・リンカーン・ジャズ・オーケストラ(JLCO)による新作『Democracy! Suite』は新型コロナのロックダウン期間中に作曲された曲を、アメリカ大統領選挙を控えた2020年9月にレコーディングし、ジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領の就任に合わせてリリースされたアルバム。

 

このアルバムは「Sloganize, Patronize, Realize, Revolutionize (Black Lives Matters) 」「Ballot Box Bounce」といった曲のタイトルからもわかるように、民主主義のの正常化への回帰への希望と、公平な未来を創造するために社会システムに挑戦している人々への賛歌でもあります。
マルサリスはそうしたメッセージをセプテットという編成でスウィング・ビッグバンドのスタイルにのせて演奏しています。モダンジャズ、軽快なスイング、スローなブルースなどバラエティに富んだ構成ですが、全編にわたって明るく陽気にスウィング・ジャズで埋め尽くされています。

昨年来から『The Ever Fonky Lowdown』や『Black, Brown and Beige』といった、奴隷解放400年を意識して黒人の歴史をあらためて見つめなおそうと試みるシリアスなアルバムから一転、『Democracy! Suite』はジャズの喜びと美しさに満ちあふれたアルバムです。

演奏のスタイルは保守的なスウィング・ジャズであるのですけど、だからといって退屈なアルバムかというとそんなことはなく、個人的にはJLCOによるアルバムでは久しぶりの良作だと思いますね。(2020年のウェイン・ショーター曲集以来、最も良いアルバムかも)

スウィング・ジャズに巧みに不協和音などのより現代的な要素を織り込んでいて古臭さを感じさせません。特にピアノのダン・ニマーとベースのカルロス・エンリケのふたりの一体感はこのアルバムの聴きどころだと思いますね。

Personnel
Wynton Marsalis – trumpet/music director
Elliot Mason – trombone
Ted Nash – alto saxophone and flute
Walter Blanding – tenor and soprano saxophones
Dan Nimmer – piano
Carlos Henriquez – bass
Obed Calvaire – drums

アクティビストとしてのW・マルサリス

ここで少しマルサリスの大統領選挙に関するコメントを紹介。

インタビューで今回の大統領選挙についてウィントンは「私たちの民主主義の原則に対する正面からの攻撃が、当分の間、無力化されたことを喜んでいる」とコメントしていました。

ただ、マルサリスのように名声を得た後にも何十年にもわたり音楽を通じた社会運動を続けてきたジャズミュージシャンにとっては今回の大統領選挙も手放しで喜んではいないようで、今回の大統領選挙がどのような影響を持つかは「もう少し様子を見てみよう」とも言っています。
今回の選挙結果のような一時的な高揚感のあとに(まるでブームの去ったアイスバケツチャレンジのように)社会運動がスポイルされていくといった例はこれまでにもたくさんありますし。

ウィントン自身はジャズという音楽のアイデンティティのために音楽活動してきたと思うのですが、アメリカの社会システムが芸術・音楽・文化などを軽視し十分な敬意を払ってこなかったと常々言っていますね。

「文化は、私たちの国の最優先事項ではありませんでした。文化は常に後回しにされてきました。議論の場で議論されることもなく、国のアイデンティティーの一部でもありませんでした」

「私たちの演奏するジャズは純粋に商業的で、純粋に娯楽的なものです。質の高い文化ではありません。私たちの文化は金儲けのためのものです。それが私たちが改善すべきことの一部なのです」

と言った発言もあります。

その社会システムは大統領が変わることで一変すると信じるほどナイーブではない、ということなのでしょう。

JLCOのホームページで書かれている『 Democracy! Suite』の紹介文の冒頭に「ジャズは民主主義の完璧なメタファーだ」というマルサリスのコメントもあります。
これはいろんな意味で使っていると思いますが、ひとつには「民主主義はジャズと同じように刻々と変化していくし調整が必要なもの。我々は常に警戒しなければならない」という意味なのでしょう。
つまりこのアルバムは大統領選挙の結果そのものというよりも「ポジティブな変化が起きている。でも立ち止まってはいけない。さあ、次のステップへ踏み出そう」というマルサリスのメッセージなのでしょうね。

追記

このアルバムとちょうど同じ時期に書かれた『The Ultimate Litmus』という曲

ウィントンがポエトリーリーディングを行ったBLMをテーマにしており、かなりカッコ良い曲なのでここで紹介。BLMをテーマにした曲では(オールジャンルで)ベストトラックじゃないかな。

※この『The Ultimate Litmus』の動画をアップしていましたが、リンク切れのため削除しました。

おそらく映像とセットで聴いてほしい、という意図だと思うのですがストリーミング配信はなし。YouTubeのみ。
作曲は(ウィントンではなく)ベースのカルロス・エンリケです。