グラミー賞CEOがイベント直前に更迭という異常事態
2020年のグラミー賞授賞式を直前に控えた1月26日に、グラミー賞を主催するレコーディングアカデミーのCEOであるデボラ・デューガンさんが更迭されるというニュースが発表されました。
当初アカデミー側からの発表では、「職員への不適切な行動」といった理由で、デューガンさんの職員へのパワハラを問題視された、という説明です。
デューガンさんといえば元々はU2のボノらが共同設立した非営利団体Redなどで役職についていた人。
2019年の8月に就任したばかりで、就任わずか5ヶ月後の更迭ということ。
アカデミーCEOといえば、前職CEOであるニール・ポートナウ(Neil Portnow)という人物は、2002年から17年間という長い期間に渡って在籍していました。
彼は、2018年にグラミーに女性アーティストが少ないことを指摘されたことに対して「女性はもっとステップアップしないといけない」と発言して世間から批判を浴び、実質的には退任に追い込まれた人です(このことがなければポートナウ氏はずっとCEOを続けるつもりだったでしょう)
そこで世間への体面もあって、デューガンさんという改革指向の女性CEOが就任することになったという経緯があります。その彼女が就任直後に更迭ということで、アカデミー内の思惑が絡んだ人事だと言われている訳です。
アカデミーの暗部を暴露し、反撃にでる前CEO
この騒動はデューガンさんの更迭で終わらずデューガンさんが反撃にでることで、ますますエスカレーションしていくことになります。
デューガンさんは更迭されたことを受け、雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に自らの身の潔白とアカデミー委員会の不正を告発する訴えを起こしました。
まずデューガンさんは、自身の身の潔白を訴えています。
(デューガンさんの主張によると)更迭の理由としているデューガンさんの不適切な行動(いじめという言い方もされている)というのは、前職のニール・ポートナウ氏のアシスタントだった女性へ対するものでした。
このアシスタント女性は、ニール・ポートナウ氏が失脚したあともそのままデュガンさんのアシスタントを続けていたそうですが、デュガンさんは自分で選んだ職員をアシスタントに起用したこともあり、元ポートナウ氏のアシスタントは配置転換を命じられた、ということのよう。
つまりは組織内の通常の人事だということです。
さらにここで、デューガンさんは自身の言葉の正当性を主張するために、噂となっていたアカデミー内部の不正を告発する行動にでます。
デューガンさんが雇用機会均等委員会に提出したレポートによると
●前任者のニール・ポートノウ氏はアーティストへのレイプで告白された
●それなのに委員会はポートノウ氏にボーナスを支給する決議をしようとしていた。
●グラミーのノミネートでも不正が行われている。例えば2019年のソング・オブ・イヤーの最終ノミネートの8組に選ばれた曲には、20作の候補中投票では18位だった曲も含まれている。
●ノミネートされるアーティスト本人が委員会に出席して、ノミネートへの投票権を持つこともあった
●一般投票では選ばれていない30組ものアーティストが、委員会の裁量でノミネート候補リストに加えられた。
●アカデミーの顧問弁護士ジョエル・カッツ(Joel Katz)からセクハラを受けた(ディナーに誘われ、プライベートジェットで別荘へ行こうと誘われた)
これらは全てデューガンさんの主張ですが、名指しで批判されたポートノウ氏は取材に対して沈黙しています。
アカデミー側としては当然「デューガン氏の主張は事実無根」といった反論コメントは出していますが。
グラミー賞は誰が選ぶ?
ここからは個人的な感想
グラミーをはじめアメリカで毎年行われる賞レースですが、このノミネート審査が公正な投票で行われていると本気で信じている人は、まぁいないんじゃないでしょうか。
デューガン氏の訴えた内容についても「まぁ裏でそれくらいはやるよね」という印象です。
アルバム・オブ・ザ・イヤーなど、主要なカテゴリであまりに世論とかけ離れたアーティストに受賞させてしまうと賞じたいの信頼も失うので、アカデミーが操作するのは受賞ではなくノミネートに留める、というところもリアルです。
受賞できなくても、イベントに参加できて注目されますしね。
こういう話はグラミー賞だけじゃなくて、映画界のアカデミー賞でもあった話だったような。
アカデミー作品賞のノミネートがまだ5作品だった時代、その年の最良の作品5作品が選ばれるのではなく、各映画会社ごとにノミネートが振り分けられていたというのは公然の秘密でした。
「グラミー賞も音楽業界のプロモーションのひとつだし、何を選ぶかは”音楽業界”が決める」というのが、グラミー賞に関わる人たちの本音なのでしょう。
そういった旧態依然とした姿勢が残っているなか、降って湧いたように新しく就任したデューガンさんの急な改革思考はとても受け入れられなかったということなのでしょう。
デュガンさんが反撃にでる前のNYタイムスのインタビューで、アカデミー委員会のチーフであるハービー・メイソンは、「デューガン氏は組織の改革を急ぎすぎる。組織がうまく機能するための時間を待てないようだ。そして自分の意見を聞かないメンバーを軽視している」と不満を漏らしています。
これはまぁ本音のように思います。
アーティストは自分に賞を与える委員会を批判できるのか
グラミー賞はいまでも音楽業界の最大のイベントのひとつですし、そのアカデミーCEOが(例えばノミネートのジェンダー平等などの)改革を行う最中に更迭されたというのは、当のアーティストにとっても重大な出来事だと思います。
この件に関して、今年ノミネートされたアーティストがどういう発言をするかは注目ですね。
(真相はともかく)単純化すると年配の白人男性に支配されたアカデミーと、改革を試みた新CEOの対立という図式となっています。
特に女性をエンパワーする立場であるビリー・アイリッシュやリゾなどは、もし受賞したらはなにかしらのこの件に関するコメントを出さないとカッコつかないでしょうね。
「賞の選定過程は透明化されるべき。もしかしたら自分はこの賞を受賞するべきではなかったかもしれない」
と委員会を批判することができるのかな?
ビリー・アイリッシュやリゾらが委員会を擁護したり、当たり障りのないコメントをしたりノーコメントだったりしたら幻滅しませんか?
デュガン氏を擁護するアーティスト
今のところ、デューガン氏を擁護しているアーティストはチャック・Dとシェリル・クロウ(もっといるかもしれないけど)
特にチャックDは、更迭のニュース直後に「いつものように、無知でテストステロン満載の年寄り白人男性が、改革の邪魔をしている」と手厳しいコメントをしていますね。
それにしても、これだけニュースになっているのに、コメントしているアーティストは少なすぎですよね。
みんなまわりの反応を様子見をしているんですかね?(それってダサくないですかね)
真摯にコメントできるチャックDとシェリル・クロウの2人は本当にカッコ良いと思います。
Chuck D blasts Recording Academy over Deborah Dugan suspension: "I Am Appalled" https://t.co/T1dayzB4lY
— billboard (@billboard) January 18, 2020
What in the world!?! Deb Dugan is a fantastic and brilliant woman. #WomenSteppingUp #StepUphttps://t.co/3UpVDstt3v
— Sheryl Crow (@SherylCrow) January 17, 2020
追記
デボラ・デューガンさんがアカデミー委員会を雇用機会均等委員会に訴えていた件ですが、解雇をめぐる調停がはじまる直前に極秘裏に和解に至ったというニュースが2021年6月に報道されました。
「調停の中身は全てオープンにする」と言っていたアカデミー委員会ですが、裏でデューガンさん側に「調停に関するやりとりは非公開にして欲しい。和解して欲しい」という打診を行っていたようです。
状況的にはアカデミー側が金銭による解決を図り、デューガンさんもそれを受け入れたという事のようですね。
アカデミー側はおそらく当初からそのつもりで、「ほとぼりが冷める」のを待っていたのだと思いますね。
とはいえ、ポートノウ氏の発言、デューガンさんをめぐるゴタゴタ、ウィークエンドのノミネートの不透明さ、これらがグラミー賞に与えた影響は大きく、もはやグラミー賞はゆるやかに人びとの話題からフェードアウトしていくしか道は残っていなさそうです。