ドラマーのチェス・スミスが、ピアニストのクリス・デイビス主宰のレーベルPyroclastic Recordsからリリースした新作『LAUGH ASH』
チェス・スミスは、アヴァンギャルド・ジャズの世界において他の人とは違う(ロックっぽいともいえる)アプローチで重宝されたドラマーでもあり、近年は同じくPyroclastic Recordsからリリースされた「We All Break / Path Of Seven Colors」(2022)、「Interpret It Well」(2022)といった作品で、作曲家・トータルミュージシャンとしても注目されてきました。
というわけで今作の『LAUGH ASH』も注目していたのですが、予想をはるかに超える素晴らしいアルバムでした。
過去とは全く違うコンセプトのアルバムで、安易の過去作品を焼き直すことはしないということなのでしょう。
『LAUGH ASH』メンバー
Shara Lunon – voice, vocal processing
Anna Webber – flute
Oscar Noriega – clarinets
James Brandon Lewis – tenor saxophone
Nate Wooley – trumpet
Jennifer Choi – violin
Michael Nicholas – cello
Kyle Armbrust – viola
Shahzad Ismaily – bass
Ches Smith – electronics
うーん、豪華メンバー!
ホーン隊は、アンナ・ウェバー、ジェイムズ・ブランドン・ルイス、ネイト・ウーリーなど、リーダーとしてアルバムをリリースするプレイヤーを豪華に並べています(ジェイムズ・ブランドン・ルイスなんて、あんまりこういうセッション的な仕事させるの贅沢ですね)
ストリングス隊はTzadik関連などで良く名前を見るプレイヤーたちです。
ベースは、Ceramic Dogでもトリオを組むShahzad Ismaily
チェス・スミス自身は「electronics」とクレジットされているように、ドラムはほぼ叩いていません。
シャラ・ルノンというヴォーカルの人はアルバムでもかなり目立っていたのですが、おそらくコンテンポラリー・クラシック界の人だと思います。2024年にアルバムを出すとか。チェック、チェック。
『LAUGH ASH』
このアルバムは、おそらくチェス・スミスが打ち込んでいるであろう電子音がなんといっても特徴的
チープで、ちょっとファニーで、マトモスとかショトック・ハウゼン&ウォークマンとかああいった音を連想させます。
プロセッシングのテクニックというよりは音選びのセンス一発という感じですが、奇抜な音を使いつつも悪ふざけになる一歩手前で踏みとどまっていて、このあたりはスミスのバランス感覚の良さというところでしょうか。
マトモスなどのループベースの音と大きく違うのは、『LAUGH ASH』はここにジャズのラージ・アンサンブルっぽいホーンの響きや、ネオ・クラシカル的なストリングスのアンサンブルが交互に絡み合うところ
各メンバーのソロパートなどもほとんどない感じです。
ブランドン・ルイスのハードなサックスソロが聴けたりしますが、ああいうのもおそらくスミスが細かいところまで指示したものだと思います。
味気ない電子音響作品に、ジャズ/クラシックの”音楽的な”深みを加えた作品とも言えるし、ジャズやクラシックにはあまりない打ち込みベースの人力ではなかなか出せない独特なグルーヴを加えた作品とも言えるかもしれません。
音源を聴いている時の「こんな感じで展開していくんだろう」というこちらの先入観を、絶妙にずらしてくる感じが独特の緊張感を生む印象です。
いやもう素晴らしいの一言です。
The Shifting Foundation
ちなみにこのアルバムは、The Shifting Foundationというのはユタ州ソルトレークに本部を置く非営利の民間財団の支援を受けて制作されているそうです。
本作のプロデューサーにはこの財団の代表の人(David Breskinさん)がクレジットされていますね。
Pyroclastic Recordsは、自身も非営利の団体ということもあってか、他から財政支援を受けて行われた音楽プロジェクトのアルバムリリースをこれまでも多く行っています。
かつては(バッハやモーツァルトの時代)は王族や貴族が音楽家のパトロンとなっていたのでしょうが、こういう財団はその現代版ということなんでしょうか。
歴史はめぐる。
「このプロジェクトは採算が取れるのだろうか?」と心配しながらでは、ミュージシャンが望む通りの音楽は作れないということなのかもしれません。
そんな中でPyroclastic Recordsのような存在が重宝されるのも、また必然なのかもしれません。