セシル・マクロリン・サルヴァント『Mélusine』


ジャズ・ヴォーカリストのセシル・マクロリン・サルヴァントが2022年にリリースしたアルバム『Ghost Song』は、従来のジャズ・ヴォーカルのカテゴリから、(神話などをモチーフにした)シアトリカルでストーリー重視の音楽性へとシフトした、彼女のキャリアの中でも重要な変換点となったアルバムだったと思います。

『Ghost Song』はグラミー賞のベスト・ジャズ・ボーカル部門の受賞を逃した(受賞はサマラ・ジョイ)のですが、グラミー賞がその音楽の価値を決める基準となりえないのは承知の上ではありますけど、やはり本来であればサルヴァントが受賞するべきだったんじゃないかと今でも思いますね。
サルヴァントはグラミー賞をすでに3回も受賞していて、ノミネートも常連で、どうしても「いまさら」感があるからかもしれません。もう殿堂入り扱いにしても良いんだと思いますが。

そんなサルヴァントが、前作より1年近くのインターバルでリリースした新作が『Mélusine』

こんな短い間隔でアルバムがリリースされるのはサルヴァントにしては珍しいですね。
サルヴァントは前作『Ghost Song』からNonesuchレーベルへ移籍しているのですが、環境の変化がそうさせるのかもしれませ。

この新しいアルバムの曲は、ヨーロッパの民話に登場するメルシーヌという女性の伝説をベースに、5曲のオリジナル曲と12世紀までさかのぼる伝統曲に独自の解釈を加えた9曲で構成されており、フランス語、オック語(南フランス起源の言語)、ハイチ・クレオール語、英語で歌われています。

コンセプトやアルバム全体を覆う神秘的な雰囲気は、前作『Ghost Song』や彼女が近年手掛けた19世紀の口承童話に基づく野心的なマルチメディア作品『Ogresse』に近い作品となっていますね。

こちらの動画はアルバムリリースに合わせて公開されたアルバム収録曲「Doudou」

彼女はマイアミ生まれですがハイチ人の父親とフランス人の母親を持ち、母語はフランス語のようです。(SNSではフランス語で発言したりも)
ですがそんな彼女が母語であるフランス語で歌うというのは、アルバムとしては初めてじゃないでしょうか。

ただ、ウィントン・マルサリスがMarciac festivalで演奏した時にサルヴァントがゲスト出演したことがあったのですが、その時に彼女のフランス語の歌を聴くことができますね。


サルヴァントは、このMarciac festivalのゲスト出演の時に、今回の『Mélusine』に収録された曲のいくつかを書いた、とインタビューで答えていますね。
さきほど動画をあげた今回のアルバムからのシングル曲「Doudou」を、このMarciac festivalでも歌っています。

おそらくこのフェスは、今回のアルバムが生まれるひとつのきっかけとなったのかもしれません。

このアルバムに収録されているのは民話をベースにした曲ということもあり、神秘的な曲調も多いのですが、それ以外にもキャバレーミュージックとでもいうような、楽しげなダンス音楽も収録されています(「Doudou」もそうですね)

個人的にはこういう感じの音楽はあんまり聴かないんですが、思い出すのは、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』とそのサントラかな。※アレン映画としては最も観客動員数的に「ヒットした」映画だそうです。

作家として現代に暮らす主人公が1920年代にタイムスリップするという話で、そこに登場するクラブでボードヴィルっぽい音楽が演奏されるのですが、あの映画で描かれているような「古き良きヨーロッパ」を、今回のサルヴァントのアルバムからも感じることができます。
(ちなみに映画の中ではコール・ポーター本人がクラブでピアノを弾いているという設定みたいです)

バックの演奏は、サルヴァントのアルバムでおなじみのピアニスト二人、サリヴァン・フォートナーとアーロン・ディールが中心となっていると思いますが、二人ともこういうオールドスタイルの曲の演奏は手慣れている感じですね。

その他のメンバーは曲ごとにいろんなメンバーが参加しているのですが、目につくのはドラムのカイル・プール、オベド・カルヴェアくらいかな。

サルヴァントが歌う、それだけでずっと聴きほれてしまうのですが、今回はフランス語ということでそれだけでレア、聴く価値があるんじゃないでしょうか。

あ、でもアルバムジャケットのアートワークだけは、(民話のストーリーがモチーフなのかもしれませんが)なんだかなぁという感じです…