仁科 彩(Nishina Aya)『Flora』

「声は最高の楽器」というフレーズがあるように、ヴォーカルは他の楽器に比べても格段に豊かな表現力を持っています。

どれだけがんばってピアノを演奏してもピアノ曲にしかならないのですが、ヴォーカルで表現される音楽はジャンルやスタイルも本当にバラエティ豊かです。歌のないジャンルというのもほぼ存在しないですしね。

いわゆるポップ・ミュージックの歌はたいていは歌詞があり、例えばラブソングのようにその歌詞がストーリーと意味を持っています。リスナーは歌詞を聴いてシーンを映像としてイメージする訳です。

ただ、音楽じたいについて考えると、この歌詞の存在が制約になり、ヴォーカルの自由な表現を妨げているとも言えます。
単語が単語として聴き分けられるような発声やフレージングが必要になってきますし、歌詞のイメージにそぐわない発生は不自然ですし。

そういった制約を排除し、声を楽器として考えて表現を拡大する試みは古くからあって、それはメレディス・モンクに代表されるように現代音楽というか現代アートのフィールドで盛んだったようです。

このブログでもとりあげる現代音楽はTzadikレーベルの主戦場でもあるので、ヴォーカル・アートを扱った作品も多いですね。

前置きが長くなりましたが、そんなヴォーカルアート作品の中で紹介したいアルバムがこちら

Nishina Aya 『Flora』

傑作中の傑作。

『Flora』は、仙台出身で2000年ごろからNYに移住して現代音楽家として活動されていた仁科彩(本名はあやかさんらしい)が2013年にTzadikレーベルからリリースしたアルバム。
出典:https://www.ayanishina.org/

以下の動画はアルバムにも収録されている曲で、高村智恵子にインスパイアされた曲だということです。他にも東日本震災をモチーフにした曲などもあり。

アルバム参加メンバーは
Becca Stevens (tracks: 1, 2, 4, 6)
Gretchen Parlato (tracks: 4, 6)
Jen Shyu (tracks: 3)
Monika Heidemann (tracks: 4, 6)
Nina Riley (tracks: 2)
Sara Serpa (tracks: 5, 6)

全て女性ヴォーカリストによるパフォーマンス。
それぞれ自身名義のアルバムをリリースするようなヴォーカリストばかりで、かなり豪華メンバーなんじゃないでしょうか。
特にBecca StevensやGretchen Parlatoなどは、ふだんはTzadikとあまりつながりのなさそうなシンガーも参加していて、レーベル側もかなり力を入れて作ったのかも。

Tzadikの代表的なヴォーカルグループというとMycaleなどもいますね。Mycaleなどは各ヴォーカリストのフレージングのからみで聴かせるタイプの音楽で、例えるならストリング・カルテット的にも聴こえます。
逆にこの『Flora』は、多重録音を使ったアカペラなどむしろサウンドスケープやアンビエント音楽的な響きに聴こえます。

声の揺らぎなどを感じさせる作曲も秀逸なのですが、ロングトーンのフレーズを完璧にコントロールして歌い切る各メンバーの力量も素晴らしいのひと言だと思います。

このアルバムは彼女の初めてのアルバムで、一般的には無名だったのだろうと思いますが、そんな新進の作曲家のアルバムをレコーディングしてリリースするところがTzadikレーベルの大きな存在意義なんだなと思います。
このアルバムについての当時のレビューもいくつか読めますが、ほぼみんな興奮気味に絶賛していて、それほどインパクトのあるアルバムだったのですね。

彼女は2016年に帰国して、山梨学院大学の教員として教鞭を取ってるそうですが、HPを見ると新しい音源などもアップされていました。
またアルバム出してくれないかなぁ。

Fragment (Reference) from ayanishina.org on Vimeo.