今回はワールド系の話題作ということで、Afel Bocoumの『LINDE』というアルバムの紹介。
アフェル・ボクム(AFEL BOCOUM)は、マリのシンガーソングライター/ギタリスト。
アリ・ファルカ・トゥーレのグループにギタリストとして参加してしたそうで、彼のようなブルースギターとコール&レスポンスの掛け合いが魅力のアルバムです。
(wikiによるとアリ・ファルカ・トゥーレはボクムの叔父という情報もあるのですが、「要出典」となっていて真偽のほどはわかりません。wiki以外で親族だという情報も無いし。ボクムのエピソードなどを読んでも親戚な感じもしないですし)
このアルバムは『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』などで知られるWorld Circuitからのリリースです。
Spotifyでもオススメにあがってきましたし、海外のチャートでも話題になっているようですね。
World Circuitはワールド系のレーベルとしては知名度は抜群なので、このヒットにはレーベルパワーも少しあるかも。
トゥーレからボクムへ
アフェル・ボクムを語る際に、アリ・ファルカ・トゥーレの話題を避けることはさすがに難しいですね。
彼のアルバム『The Source』(1993)は、全てのワールド系のアルバムの中でも名盤中の名盤という評価なのではないでしょうか。
ワールド系のみで「オールタイム・ベストアルバム」を選ぶとしたらベスト10に入ってもおかしくないくらい。
ボクムもこのアルバムにギタリストとして参加していますね。
トゥーレの世代は、マリの伝統的な音楽をそのまま歌うのではなく、20世紀に(特に戦後に)世界中から届いた新しい西洋音楽(ブルースやギター音楽)と自分たちの伝統音楽を掛け合わせた画期的なアフリカ音楽を演奏した真のパイオニアだということ。
そういった西洋音楽とマリの音楽のミックスは、そのものがひとつのジャンルとして確立していますが、1960年代に地元ニアファンケで出会って以来トゥーレをメンターとして何十年にもわたってツアーやレコーディングを行ってきたアフェル・ボクムは、そのジャンルの最後の世代の1人と言えるのだと思います。
2006年にアリ・ファルカ・トゥーレが亡くなったとき、ボクムこそが偉大なトゥーレのマントを引き継ぐのにふさわしいミュージシャンだと思われていました。
彼の初のソロアルバム『Alkibar』(1999年、ワールド・サーキット)は、グラミー賞にノミネートされたトゥーレのアルバム『Niafunké』と同じセッションで録音されたもの。
まさにこのアルバムがボクムの独り立ちの瞬間でトゥーレのマントが引き継がれたアルバムと言えるのかも。
(アリ・ファルカ・トゥーレにはヴィユー・ファルカ・トゥーレという息子がいて、彼も父親の後を継いでミュージシャンとなりアルバムをリリースしています。アフェル・ボクムが大番頭ならヴィユーは若旦那。そう考えるとどちらが優れているかは明らかですね)
アリ・ファルカ・トゥーレは2006年に亡くなるまで地元ニアファンケの市長を務めたそうですが、ボクムも農業省に公務員として勤めながらマリの地元で音楽活動を続けたそうです。
地元を離れることは音楽の質を落とすことになると考えていたそうです。実際、彼の1st『Alkibar』は地元ニアファンケの廃校でレコーディングされたそう。
彼はマリのミュージシャンによる自身のグループAlkibarによるソロアルバムをベルギーのマイナーレーベル(Contre-Jour)からひっそりとリリースしており、彼自身の音楽はワールドワイドなマーケットからは忘れ去られていったようです。
地味ながらもシンプルな歌とギターがじわじわくるアルバムではありますけどね。
ボクムは自身のソロ活動とは別に、ブラーのデーモン・アルバーンのアフリカ・エクスプレスというプロジェクトに駆り出されたりはしていたようですね。
こういうのは(アルバムの出来はともかく)なんとなく「西洋による文化盗用」みたいな印象があってあまり好きじゃないのですがね。
「そんなのRealworldだってWorld circuitだって一緒でしょ」と言えばその通りなのですが、アフリカ・エクスプレスみたいなのは露骨なのかな、と。
デーモン・アルバーンは今回のアルバム『LINDE』でもクレジットされていて、「引っ込んでれば良いのに」とは思います。
今回の『LINDE』も、アフロビートのパイオニアであるトニー・アレン、スカタライツのヴィン・ゴードン、そしてジョーン・アズ・ポリス・ウーマンといった世界的には名の通った(ただマリの音楽とは特に接点の無さそうな)人達とのコラボで作られたアルバムになります。
(多分プロデューサーのニック・ゴールドの仕事だと思いますが)異なるバックグラウンドを持つミュージシャンたちのぎこちないセッションになっていないのはさすがですし、全体的にゴージャスで晴れやかな曲が多い印象ですね。
ボクムはインタビューで
“コラボレーションをしなければ、今日の世界ではどこにも行けません”
とも言っており、自分の音楽と「グローバル向け」の音楽を割り切って演奏しているのかも。
失われるマリの伝統音楽
2012年に、マリ共和国の北部において中央政府からの独立を求めるトゥアレグ族による武装蜂起と、それに続くイスラム原理主義勢力による独立派占領地の乗っ取りが起こり、そして事態悪化に介入したフランスなど諸外国やイスラム勢力が入り乱れる紛争が起こりました。
2012年というと911直後であり、中東情勢が揺れ動いていたころ。自分でも記憶があるくらいのすぐ最近の話ですね。
ボクムの故郷であるニアファンケも北部のイスラム原理主義勢力に占領されたそうです。結婚式やお祭りなどで全ての音楽が禁止され、当然アリ・ファルカ・トゥーレの音楽も聴けなくなったようです。市民の携帯電話を取り上げて、全て着信音を音楽からコーランの聖句に変えさせた、というエピソードもその支配の過酷さを物語っています。
今回の『LINDE』の前にアルバムをリリースしたのは2011年であり、この2012年のマリ内乱で国内の音楽活動が制限がかかった様子がうかがえます。
このマリ内乱はすぐにフランス軍などの介入があり徐々に好転しているようですが、その後もイスラム原理主義勢力との小競り合いは続いているようで、アリ・ファルカ・トゥーレなどが戦後に築き上げた豊かな音楽文化は残念ながらかなりのダメージを受けたということなのでしょう。
そういう意味で今回のアルバムは「キングの帰還」であり、リリースされたことを喜ぶべきアルバムなのかもしれません。