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誰が「史上最高のアルバム」を決めるのか?

Apple Music が選ぶ「史上最高のアルバム100枚」

2024年にApple Musicが、突如として「オールタイムベストアルバム100を発表する」という企画を立ち上げ100位から順に徐々に結果を発表していたのですが、先日ついに1位までの全ての順位が発表されました

ベスト10はこちら

1位 ローリン・ヒル『The Miseducation of Lauryn Hill』
2位 マイケル・ジャクソン『Thriller』
3位 ザ・ビートルズ『Abbey Road』
4位 プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション『Purple Rain』
5位 フランク・オーシャン『Blonde』
6位 スティーヴィー・ワンダー『Songs in the Key of Life』
7位 ケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city (Deluxe Version)』
8位 エイミー・ワインハウス『Back to Black』
9位 ニルヴァーナ『Nevermind』
10位 ビヨンセ『Lemonade』

結果についてさっそくwikipediaページも出来てました。誰だか知らないですが仕事が早い。
年代別の割合などなかなか詳しい分析が読めますね

こういうランキング企画はRolling Stone誌など他のメディアでもわりと定期的にやっている印象ですが、どれも自分にとっては過去の出来事であり、今回のAppleのランキングに関してはリアルタイムで世間のリアクションを見ることができました。

ランキングをざっと眺めたわたしの印象としては「全体的に古臭いなあ」という感じでしたが、まあでもオールタイムベストだとどうしてもそうなりますよね

また、ジャズもワールドミュージックもほとんどランクインしておらず、そのあたりは興味半減という感じ

で、このランキングについてSNSでの意見を読んでいると、ランキングに対して不満や怒り、失望などさまざまな意見が出てましたね。

例えば「プリンスがこんな低い順位の訳ない」「シャーデーが〇〇より低い順位の訳ない」といったファンによる順位への不満の声が一番多かった

さらにそもそもベスト100に入ってすらいない場合もあって、

「ホイットニー・ヒューストンが入ってない」
「マライア・キャリーが入ってない」
「イエスもキング・クリムゾンも入ってない」
「K・ラマーの”To Pimp a Butterfly”が入ってない」
「Madvillainyが入っていない」

などなど
“To Pimp a Butterfly”がランク外は、自分でもさすがに「どうかしてるんでは?」と思います

そして1位はローリン・ヒルの「The Miseducation of Lauryn Hill」

このアルバムはたとえばrolling Stone誌のオールタイムベストでは10位だったのですが、これを1位に予想した人はほとんどいなかったんじゃないでしょうかな
(Appleランキングの2位はマイケル・ジャクソンの「スリラー」だったのですが、1位が故人だとセレモニーもできずコメントもとれず、盛り上がらないからでは?という意見もありました)

誰が「ベスト」を決めるのか

こういった音楽の「ベスト」をランキングする企画はわりと定番で、アルバムだけでなく「オールタイム・ベスト・ギタリスト」とかいろんなバージョンがあります

これまでは、こうしたランキングを読んでも特に心動かされることはなかったのですが、今回のApple Musicの企画に関しては、正直なところけっこう楽しめましたんですよね

最終日にいよいよベスト10発表という時にはちょっとワクワクしました

過去に発表されたランキングは何がつまらなかったのか?
逆に今回のAppleのランキングは何が興味深かったのか?

いちばん大きな違いは、過去に発表されたランキングの多くが、まるで人気投票の結果のようになっていることじゃないかな、と思うんです

つまり、「好きな人が多いアルバムほど良いアルバム」という価値基準がベースになっているランキング

ニュアンスが上手く説明できないので例をあげると、「邦楽ベストアルバムランキング100」という企画があったとして、フタを開けてみたら上位にはっぴいえんど、YMO、ゆらゆら帝国、フィシュマンズなどが並んだ結果が発表されたとしたらどうでしょうか?

出てくるのは「うーん、まあ、そりゃそうなんでしょうけど、、」というなんとも言えない感想になるんじゃないでしょうか

このブログはジャズの話題も多いのでジャズを例にあげると、たとえばこのサイトで発表されているようなランキング

このランキングは、1位:マイルス・デイビス「Kind of Blue」、2位ジョン・コルトレーン「至上の愛」(ちなみAppleのベスト100にランクインしていたジャズアルバムはこの2枚のみ)で、以下3位:デイブ・ブルーベック「Time out」と続きます

どうですか?
別にランキングに文句は全然ないけれど、この結果をいまさら聞いてもなんの感想も持てなくないですか?

ベストアルバムのランキングがアルバムの価値を決める批評のひとつのかたちだとしたら(きっとそうなのだと思います)、こういう人気投票のようなランキングに批評的な価値は希薄でしょう

メディアによる批評というよりも、まとめサイトに近い感覚です

まあ、「自分の音楽センスが他の人と違ってないか確認したい」という人もいるのかもしれませんが

Appleのランキングにもそうした人気投票的な側面があるのも確かでしょうが、一方で、Appleによるランキングを発表する際はそのランキングについてSNSでたくさんの意見を聴くことができました。

多くはランキングへの批判でしたが、そこに絡めてその投稿者の音楽的な考え方をかいま見ることも多かった

そして定番ランキングではない適度にツッコミどころのあるランキングのおかげで、SNS上の議論も活発になったと思います

毎日10曲を発表するというスタイルのおかげで、話題が盛り上がったらまた次のアルバムへと、テンポ良く話題が流れていって楽しかったです

これがあまりにめちゃくちゃなランキングだったら音楽ファンも早々に見切りを付けていたかもしれないし、ベスト100を一挙に発表しても盛り上がらなかったと思います

Appleのランキング発表は、そうした興味を引く仕掛けのバランスが絶妙だったと思います

別にランキングじたいが優れていたかわけでもないと思います。不満やツッコミも入っていましたし

というよりも、完璧なメロディや完璧なコード進行が存在しないように、そもそも完璧なベストアルバムランキングは存在しないのだと思います

 

むかし、ハーバードで政治哲学を教えるマイケル・サンデル教授の放送をNHKで見たのですが、彼が哲学の役割について語っていました。

世の中には様々な問題がある。大きな政府か小さな政府か。社会の成長を目指すのか富の分配を重視するのか。
それはトロッコ問題のように答えは永遠に出ません

サンデル教授がいうには、答えが出ないからこそ人は社会問題について議論を続けなければいけないのだ、その議論の営みと積み重ねこそが政治哲学の目的なのだ、と。

 

ベストアルバムを決める作業も同じで、何をどうやっても結論は出ないのです。だからこそ議論に価値がある。

Appleが提示したランキングには単純な反論だけじゃなく、音楽理論的な話や過去の興味深いエピソード、さらに踏み込んだ「アートに順位を付けることに対する是非」や「異なるジャンルを比較することへの考察」などさまざまなリアクションがあり、それらはある意味ランキング自体よりも読む価値のあるものだったということです

まさに集合知と言っても良いかもしれませんが、そういったものを掘り起こすきっかけとしてこのAppleのランキングは秀逸だったな、と

もしかすると、そうした議論を喚起させることこそがAppleがこのランキングでやりたかったことかも(たぶん違うと思うけど)

そう考えると、人気投票のようなランキングがつまらないのも当然です
そうしたランキングは最大多数の人の納得度を高めるような結果になっており、納得度が高ければ、そこに議論は生まれない

とこんなこと書きましたが、

「おいおい、ベストアルバムランキングなんてただのメディアのお楽しみ企画じゃないか」

とか言われると、全くもってその通りなのですけどね